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2012年3月 9日 (金)

3.11は人間が科学技術に負けた日

エンジニア魂をたまに発揮する私が八橋壮太朗です。

高度経済成長期、日本は工業の発展とともに経済やくらしも発展しました。昭和28年にテレビ放送が始まり、インスタント食品も登場。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三種の神器で一気にくらしは便利になった。数年すると首都高が開通、東京オリンピック、東海道新幹線開通、イケイケな時期。しかし、その反面イタイイタイ病や水俣病をはじめとした公害問題が発生し、工業が社会に害を与える一面があることを経験してきた。

これと同じことが、コンピュータ社会になっても起こっている。しかも、気づきづらい。…と思うのです。

ネットで揉め始めたのは、2ちゃんねるが登場したころでしょうか。掲示板で炎上。ネットオークションでのトラブルもありました。誰しもヤフーオークションをチェックしていた時期です。利用規約が実効性を持たなかったんでしょう。オンラインゲームが盛り上がると、リアルマネートレーディング、RMTなんかも出てきて、よりいっそう緊迫感というか、刑事事件待ったなしになりました。出会い系サイトも刑事事件待ったなし。

どんどん、コンピューティングされたものが生活に取り込まれて行きます。

工業の場合は健康被害との相関関係がはっきりするのか、そこが焦点でした。
ネット社会の場合はどうでしょうか?被害の認定は、特定できるようなものなのでしょうか。

こうやって、効率的で合理的なコンピューティング社会が発展していくと、人間の非効率で非合理的な部分が障壁になる事態が起こってきていると感じています。

人間だから、間違える。
人間だから、結論が出せない。
人間だから、忘れる。
人間だから、24時間働けない。
人間だから、脈略が無い。
人間だから、移動に時間がかかる。
人間だから、感情でほかの人間とぶつかる。
人間だから…。

どれだけコンピューティングされたシステムやサービスに人間が負けていることか…。

3月11日が近づいてきました。あの地震から1年。技術と社会について、ずっともやもやしていたことがはっきりしました。科学技術と人の関係について。

原発が安全なのかどうか。これは論点のすり替えが行われています。
科学技術的に安全なのかが、各所で論じられていますが、本当の課題ではありません。人間が作り出した組織が、原発を安全に運用できる経営・管理ができているのか。体制が整っているのか。そこが問題なのです。
学者や技術者が、どれほど研究して、安全に設計できるものだと証明しても、それを現実社会で実現する能力が無ければならない。実際にそれを成立させなければいけないのは、政府や電力会社という人間組織です。

そして、3.11に、不幸な結論が出てしまいました。
その後も、原発反対派vs学者という構図をよく目にします。
違うんです。学者の云うとおり安全なら、なんの問題も無いんです。
問題は、学者の云うとおりに設計し、運用できなかったことなのです。
科学技術が問題なのではありません。

私は、怒りがあります。
原発推進派の人たちは、いったいどこに居るのか?
本当に居るなら、「本当は安全なのに、運用に失敗した国や電力会社」を叱責するでしょう。
なぜ、推進派は、それをやらないのか。
そこに怒っています。

脈略のよく分からない駄文になってしまいましたが、要は、これを言いたかったんです。

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