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2011年7月 4日 (月)

黒沢清「トウキョウソナタ」

雷鳥とサンダーバードの違いがよくわからない私が八橋壮太朗です。
同じとちゃうんか?

ずっと見ないで過ごしてきた黒沢清監督「トウキョウソナタ」をようやく見た。
見るのがもったいないというナゾのプレッシャーがある黒沢清さま。
初見のインパクトを最も大切にしておきたい監督であります。

で、やっと見ました。
なんと丁寧なツクリ。
…いろいろあって、いろいろ書きたいけれど、うまく表現できまへん。

死の表現が、相変わらずの味で、これぞ清節。
津田寛治一家が無理心中しているところはジャブ。
泥棒・役所広司が海に車で突っ込んだであろうタイヤの痕がいきなり現れる。
これですよ奥さん。
こういう表現が好きなんですよ俺は。
CSI:マイアミが好きなのも、そういうところ。

改めて関心したのは、コミカルに笑えるシーンがけっこう入れてあるところ。
役所広司を笑いに使うのは反則技だろ!と。
サービス精神を感じられて好きです。

表現としては、最初は香川照之にフォーカスがあって、そこから香川照之一家を描きつつ、最後はヨメさんの小泉今日子にフォーカスが移る。そして、最後は家族の話としてまとまる。
周囲の関係者の描き方がキッチリとポリシーがあって、つまり香川照之一家か、そうでないかで線引きがしっかりされている。息子(小学生)の担任の先生・児嶋一哉のキャラは見せるし、絡めるけれど、ただ担任であるという存在でしか描かない。そこにストーリーは与えられない。同じく息子のピアノの先生・井川遥も離婚したという状況は示してくれるものの、やはりストーリーは与えられない。そうやって考えてみれば、前半で香川照之と同じ境遇の身として現れる津田寛治と、後半に突発的な事故のように小泉今日子の前に現れた泥棒・役所広司は、その登場と死によって転換ポイントとして扱われている。見事なまでにキッチリ扱われているなあ。彼らもまた、死によってカットアウトすること、香川一家のストーリーを彩ること、という役割であって、ストーリーとして描かれるようには思えない。
なんて丁寧で、考えられた構成とストーリーなのだろうか。ううむ、とウナってしまう。
だって、息子の担任の先生・児嶋一哉の役割と、ピアノの先生・井川遥の役割がスマートすぎる。
息子の環境を描くこの2人は、どちらも親(香川照之/小泉今日子)と接点を持つ。担任は給食費の未納で接触するし、ピアノの先生は音楽の才能について手紙を送ることで繋がる。どういう役割のキャラなのかが、ほんとによく考えられていると感じる部分です。

ま、別の話として、井川遥がとても魅力的に収められています。男子は弱いっすね。あの井川遥は。

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