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2011年1月25日 (火)

キャラクターと文脈に気づいたゼロ年代

コーヒーはアメリカンにミルク、砂糖なしが基本の私が八橋壮太朗です。

コンテンツと呼ぶことが普通になりました。作品をコンテンツと呼ぶことに抵抗があって、こだわる人もいます。コンテンツビジネスという呼び方も目新しく感じません。それは、本や新聞、ネットなどで語られることが多くなったからで
しょう。自然なことだと思います。そうすると、それまで魅力的だと思って受け入れていたコンテンツの姿(本や映画や音楽などの派生していくようなものまで含めたもの)に対して見る目が変わってきます。ああ、儲けるために作った派生商品なんだこれは、と。そして、計画的にシリーズ商品が次々と発売されていたものが、計画以上に関連商品が乱立してお腹いっぱいになる。消費者は飽きを覚え、グッズを買うことがお布施に思えてくる。

キャラクタービジネスは周知のものとなった。

同じように、キャラクター小説が大量消費されるようになって来る。そして、文脈・コンテキストというものが存在することに気づく。キャラクター性はキャラ立ちを求められる。決め台詞は、伝統芸能における形式美を置き換えるように多用される。漫画が記号の連続だと発見されたように、まるで2時間ドラマのオチに気づいてしまうように、パターンが見えるほど消費していったのだ。コンテンツの拡販は版権ビジネスとして勢いは増し、なんでもパチンコになるように、なんでもコンテンツとして色々な姿に加工・再パッケージされ、消費されていく。共通するものとして見えてくるのは、キャラクター性と文脈・コンテキストだ。消費する商品としての創作物は、こうした要素であることが経験知的に理解されてきたと思う。明確に理解していなくとも。

そして飽和した。

ここで、抜群の飽和感の中、糸口を見つけてみようと思う。
重要なことは、「消費する商品としての創作物」という部分だと考える。記号でストーリーを表現するものが創作物だとすれば、そこに記号性の少ないものが入り込んでいればどうなるか。たとえば実話が原作であるとか。主人公が実在の人物であるとか。場所が現実にある場所だとか。こうした作品は以前からあったけど、その割合は増えていると感じる。治らない病気を持つというような実話がベースの感動ストーリー、文明開化の明治維新を実在の人物で語るもの、戦国時代の武将を扱うもの。あとは、実話なだけでもOK。生協の○○さん、みたいな。
対極にあるのは、サザエさんやドラえもん、ドラゴンボールのような、普遍的な家庭像を見せたり、時代も場所もよくわからないけど冒険活劇だったり。テレビドラマは分かりやすくて、ほとんどが俳優たちを魅せるためのストーリーや舞台設定だ。
真面目に記号をつなぎ合わせて創作したものは王道のものか、萌えなアニメのようなものしか受け入れられなくなって、実話ベースだったり実在の人物を語るものにシフトしてきているのではないか。

つまり、実話や実在の人物・場所にシフトしているとすれば、ローカルっぽさと、実話っぽさをどう盛り込むかという話なんじゃないか。

これが、現状。

加えて、これからは伝統・格式も必要だと考える。
伝統・格式は早からずとも追い求めることになると確信している。
新しいものを追い求める時代ではなくなった。
エッジが効いていて、ハイテクで、最先端であればいい時代ではない。
自然・ナチュラルなものに魅力を感じる人たちも増えている。(というよりは、新しいものを追うだけじゃダメになって、こっちに行かざるを得なかった気もする)
こうした、新しいもの回避で起こるのは、原点回帰だ。
ルーツを辿り、積み重ねられた伝統・格式に寄り添う。アメリカが伝統を欲しがると言われるように。

パーソナリティが重要な時代にもなる。
とすれば、自ずと選択肢が見えてくる。伝統技能の後継者とか、歴史を語れる専門家とか、権威付けされた組織、伝説のある場所、社会的に影響が大きかった事件の当事者、伝統のある大会で優勝したスポーツマン。
ここまで書いてみて、ちょっと疑問符がつく。こんなん人気でねぇだろと。

ここでやっと見えてくるのが、演出とか文脈の重要性。
同じ話でも、重くも軽くもできる。長くも短くもできる。
「よくわからないけど、この脚本が好き」とかっていう魅力まで出せればバグツンやね。
「ええ話や」というよりは、勢いが大事な時代になっていくと思う。
話のつながりとか、細かい設定の粗とかを気にしなくていいぐらい見せる勢いがあるのが演出とか文脈を操れるテクニック。
こんな流れになっていくんとちゃうかな。


…ここまで書いておいてアレな話ですが、このエントリは
タイトルに「ゼロ年代」と入れたかっただけなのでした…!

2011年1月19日 (水)

レイチェル・ボッツマン,ルー・ロジャース「シェア」(監修・解説 小林弘人)

ラジオ番組は生放送が当然だと思っている私が八橋壮太朗です。
一番聴くのはJ-WAVE TOKYO MORNING。別所哲也です。いや俺じゃないw

ようやく読了。レイチェル・ボッツマン,ルー・ロジャース「シェア」(監修・解説 小林弘人)。

本の内容の前に、速読力が問われる本だと思った。どちらかというと速読したくなるし速読が訓練される本かもしれない。ザックリ読んで、興味のあるところだけじっくり読めばいい本。

池田信夫さんの書評にも書いてあったけど、これだけ具体例を挙げているのにグルーポンが出てこないのはなんでだろう。たしかに不思議。あと、ソーシャルビジネスをしたい人、してる人には向いてる本というのも納得。コミュニティやリアルなモノや体験の貸し借りをネットを使ってビジネスにできている話がメインだ。

興味を持ったのは、「オンラインの関係をオフラインに」という話。同じ趣味や目的を持った人たちが繋がっているオンラインのコミュニティは、ビジネスにしようという意図が強くなくても自然にオフラインの活動に繋がっていっている。モノの貸し借りや売買、イベントへの参加などが活発になっていて、バーチャルなオンラインのつながりによって促進されている。個人と個人のコミュニケーションがバーチャル空間で促進され、リアルに会ったり売買したりする関係にしっかり展開されているということ。勝手なイメージだけど、日本ではライトなコミュニケーションはオンラインで展開されていると思うけど、その先のオフラインな関係まで発展しているかというと、否定的だと思う。特に、金銭が発生したり、ビジネスライクな取引が絡むと難しいんじゃないか。なんて思う。

あと、持続可能性(サステナビリティ)という概念が大事になってきたという話。どう儲けるかとか、集めるかという話ではない。社会の中に、そのサービスやコミュニティが存在し続けるシステムになっているかどうかに着目されているそうだ。この捉え方は、普段ぼんやり考えていたことに合致する。地方に住んでいると、首都圏でしかプロモーションされていないサービスのほとんどは、一過性のもので飽きられてしまって、地方まで拡がることなく終焉するのではないかと思う。これって、持続可能性の話だと思う。日本の場合は、首都圏向けサービスよりも、地方都市でも受け入れられて利益が出るビジネスモデルを作らないと、サステナビリティが無いということだと思う。

他にも、この本はいろいろ盛り込まれているけれど、掘り下げてじっくり読んだのは次の部分。
消費の形が新しくなってきたということ。評価や価値観が変わってきたということ。

従来は、大量消費。新品を買い求める。マスプロダクト(大量生産品)の時代だった。特にメーカーはマスプロダクトをどう造り、売るかという話だった。それが、今は頭打ちで飽和していて、機能も価格も競争が激しい。マスプロダクトを追求するわけにはいかなくなってきた。それは、自然発生的に消費者を常にひきつけることが難しくなっていて、不要なモノ、余っている土地、余っている時間を活用できるネットの時代には、ソーシャルパワーによってビジネスが動くようになったという話。ソーシャルネットワークによって、価値観がシフトしている。個人間で売買すれば、モノの値段は店でつける価格とは違うことも多い。貴重だと思えば高いし、その逆もある。余った土地を活用するという話では、農地が余っているところを人に貸して、人に週末農業をしてもらう。そうすると、その体験が価値であり、サービスなのだ。こういったことは、従来のマスプロダクトに価値を求めることと共存はできるが、その割合は減っていくことになるのは間違いない。

そして、ソーシャルネットワークの時代は、個人と個人の取引が増えるわけだけれど、その信頼性があるかどうかがポイントだ。そして、それはソーシャルネットワークにおける相互評価が担保することになっていて、裏づけられるデータもあるのだそうだ。

面白い本だったけれど、もっとコンパクトにできる。まあ、コンパクトにしないでキッチリ細かく論述できることこそが本のパワーなんだけどね。ちょっとボリュームが大きい感じは否めない。
全体としては「消費」についての本でした。
飛ばし読みに最適。飛ばし読みするなら、電子書籍じゃなくて、普通の本ですよ。これは。うん。


2011年1月14日 (金)

彼女に「何を食べたい?」と聞くこと

トリクルダウンがトリプルダウンに聞こえて、良いこと全く無しか!と思った私が八橋壮太朗です。

コミュニケーションは、残念ながら「どう受け止められるか」に尽きます。受動する側が絶対的です。ですから、高圧的な人というのは、「オマエは●●だと思ったよな?」「俺もオマエが●●だと思ってると受け取ったからな」という構図で成立しています。

そんなコミュニケーションの話から少しズレるかもしれないけど、何でも聞けばいいと思っているヤツがいるので困っている。

彼女に「何を食べたい?」と聞いて、それを食べに行く。それと同じことなんです。

なにも、聞くのが悪いと言っているわけじゃない。

「何でも聞けばいい」というのは、それしか行動しないという意味で不誠実なのです。

わからないから聞く、ということ「しか」しない。
楽だから、何もしたくないから、早いから、「とりあえず聞く」のだけれど、実は聞くこと「しか」する気がない。

考えをめぐらせたり、推測したり、探してみたり、提案したり、一緒に検討したり、いくらでも行動はできる。

企業活動だって同じ。どんな商品が求められているのかを消費者に聞けばいい、なんて思っている企業は無いと思う。

そりゃ、リサーチして、話を聞いたりするはずです。でも、商品開発はそれだけで成り立っているわけじゃない。

ターゲットを決めて、どういう商品にして、どう訴えて、振り向いてもらうか、いろいろ考えているわけです。

だから、気に入ることはなくても、「こんなのどうですか?」って言って、手を変え品を変え行動してくる人はいつまでも存在しつづけるし、強い。

そういうデキる営業マンみたいな人が増えることを祈っている。そればっかりも嫌だけれど、●●「しか」できない、という専門家バカ、特に自覚してない専門家バカは消えてなくなってほしい。そんなヤツほど「不器用なところが魅力的」みたいなことを自分で思っている。違うんだよ。不器用なところが魅力的だと気づいてないヤツじゃないと、人気は出ないんだよ。

あれ、何の話をしていたんだっけ(笑)

2011年1月13日 (木)

自分でやる善意は押し付けたい善意だったタイガーマスク運動

スマホとトクホとアメホとダメポとヌルポに大きな違いがないと思う私が八橋壮太朗です。

タイガーマスクの主人公伊達直人を名乗った贈り物が日本各地で相次いでいるらしい。フジテレビ「とくダネ!」でコメンテーターの竹田圭吾さんは、「注目を浴びたいという感じがする」「善意で寄付をするとかならあしなが育英会とかの募金もあるわけですし」「あまり取り上げない方がいいと思いますよ」というような発言をされていた。これには全く同意。

子供10人の施設にランドセル7個とか送りつけたら、残りの3人どうするんだよ!的な意味でも失笑もの。善意を押し付けて賞賛されたいだけなんだよな。

ただ、「募金があるからそれでいい」とは思ってない。善意をどういう形で示すかは、人それぞれだ。おそらくその選択肢が少ない、人に任せたくない、結果が知りたいという意図が強くなって、伊達直人名義のプレゼントに行き着いたのだろう。

うまく煽ってあげて、簡単なやり方を示してあげれば、善意として金(それも大金)を払う人が居る(しかも全国的に)という現実は大きい。

それを何かのサービスに…という意味ではなくて。

押し付けたい善意を、受け入れたい善意にするための方法は、もっと洗練されていくべきじゃないか。

「モノ」依存性が高くて「納得」できないと気がすまない日本人の気質が見て取れる気がした。

2011年1月12日 (水)

アイデン&ティティ(田口トモロヲ監督)

今年は加湿器がなくても冬をしのげると思ったら、やっぱり無理だった私が八橋壮太朗です。

やっと見ました「アイデン&ティティ」。みうらじゅん×田口トモロヲ初監督な映画です。

みうらじゅんの自伝的な話が原作で、バンドブームに乗っかってみたけどパッとしない。でもやりたいことやるのがロックじゃね?みたいな映画です。

銀杏峯田和伸もいいし、大森南朋も好きだけど、男子目線だと明らかに麻生久美子でしょう。
この映画の麻生久美子は男子が勝手に作り出す理想の女性像かもしれない。
男子はこういう役割を女性に求めてしまうんやろな。
セリフがいちいち「言ってほしいセリフ」なんだもんな。存在感も。
途中チラっとだけ出てくる平岩紙がかわいかった。

50過ぎの田口トモロヲが作っているというのが驚きだし、いい時代を生きてきたんだろう。

結論。うらやましい。


2011年1月10日 (月)

映画「ソーシャル・ネットワーク」

マツコ・デラックスはハイビジョンじゃなくてアナログ放送で見ていたい私が八橋壮太朗です。
5時に夢中!の頃からけっこう楽しみですけどね、あのお方。

さて、普段は断りもなくネタバレが当然の当ブログですが、今回はネタバレすると前置きしてから始めてみましょう。

映画「ソーシャル・ネットワーク」を見ました。
デヴィッド・フィンチャー監督。ケビン・スペイシー製作。お、「セブン」か?とか言ってみたり。

話を端的に書いてみよう。
マーク・ザッカーバーグはハーバード大学在学中、彼女にフられたことが発端であるサイトをつくる。女子学生を比べてどちらがいいか選んでいくというようなサイトだ。爆発的なアクセスを集めて大学から呼び出されるほど有名になる。そこで今度は、リアルの社交の場をネットに持ち込むサイトを考え出す。その際、アイデアの参考となる話を大学の先輩からされるが、ブッチして自分で「クール」なサイトを考え出してサービスを始める。このとき、サービスを開始するために友人のエドゥアルド・サベリンに資金面を頼る。そして、初期からフェイスブックに着目していて言い寄ってきたナップスター創始者のショーン・パーカーのバックボーンにより急成長する。で、「アイデアをパクられた」という大学の先輩と、資金面を任されていた旧友サベリンから訴えられた、という話。

マーク・ザッカーバーグはネット時代のゲイツと言われているらしいが、日本じゃサッパリなのが俺は嬉しい。日米の温度差が素敵。

主演のジェシー・アイゼンバーグがやりすぎ感が無くてよかった。
実話を基にした映画ということだけど、オチをもうちょっと強く作ってほしかった。
話の冒頭で、彼女にフられるわけだけど、最後はその元カノにフェイスブックで「友達申請」するというオチ。それで元カノから反応があるかどうかは謎のまま。まあ、そういう終わり方にするしかないよな。

共同創設者のエドゥアルド・サベリン寄りの話になっていて、ジェシー・アイゼンバーグ演じるマーク・ザッカーバーグとの友情関係が、フェイスブックの成功とともにどう変化していくかという流れ。ちょっと調べてみたら、原作本はサベリンの協力は得られたけれど、ザッカーバーグの協力は得られなかったのだそうだ。そりゃそうなるよな。

気になるのは、ナップスター創始者のショーン・パーカーが悪いヤツに見えること。いいのかそれで。

面白いのは、ハーバード大学の学生を描いているところで、秘密結社とまでは言わないけれど閉鎖的なクラブがいくつもあったり、独特な慣習があったりすることが垣間見れる。身分というかヒエラルキーというか。

よくあるサクセスストーリーではないのがいい。

映画「ソーシャル・ネットワーク」
http://www.socialnetwork-movie.jp/

↓原作本「facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男」はこちら。


2011年1月 9日 (日)

上杉隆「結果を求めない生き方」上杉流脱力仕事術

のどを痛めないためにカバンに飴を常備していると「関西のオバちゃん」の気分がしてきた私が八橋壮太朗です。
乾燥してると飴とマスクは大事です。

さて、連続して上杉隆本です。

「結果を求めない生き方」上杉流脱力仕事術

買ったきっかけ:
上杉隆とはいったい何者なのか?個人で仕事をするということは上杉隆に学べ、なんてノリで。

感想:
個人で仕事をすでにしていて、メシ食ってる人には不要な本ですね。
逆に言えば、それ以外の人にとっては有益ではないか。
自分を持て、周りを意識しすぎるな、うまくいかないこともある、などなどが自身の過去を振り返りながら語っている。そこはそこでいいんですが、一番面白い(というと失礼なのか?)のは、父親が「中学でたら親が養わない」と言うような人物で、そのためにいろいろなことをやったという話。
この本も、やっぱり値段は高いと思うよ上杉さん。

おすすめポイント:
脱力?脱力どころか苦労してるやんか!というツッコミを入れてあげましょう。「どうしても頑張っちゃう」という人に、「脱力も大事」と言う本。企業や人事コンサルが言うキャリアの考え方が受け入れられない人におすすめ。



2011年1月 7日 (金)

上杉隆「記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200日戦争」

集合知が発達したその先は、映画マイノリティリポートのような世界になるかもしれないと深く考えずに言ってみる私が八橋壮太朗です。

久しぶりにアマゾンで本を買いました。


記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200日戦争 (小学館101新書)


買ったきっかけ:
上杉さんといえば記者クラブ、みたいな空気が後押し。

感想:
この本が100%真実でなくても、50%だけ真実だとしても、確かに記者クラブは日本をダメにしていると思う。そして、おそらく80〜90%は真実だろう。

報道を疑う、報道される背景を推測することが大事だとすれば、この本は確実にその力になる。
ただ、値段が値段なので、上杉さんを応援する気持ちを含めた価格と思って買わないと、中古で売りたくなるかもしれない。
ただ、ボリュームを増やしてほしいわけではないから、内容に不満があるわけではないです。

この本で関心するのは、著者が官庁・政治家・報道各社と渡り合う個人ということ。

ただ、書かれているように記者クラブの存在が奇怪で奇妙であるからこそ、上杉さんの存在感が増してしいる、それがメシのタネのひとつになっているというのが可笑しい。

そして気づくべきなのは、上杉さんのようにサラリーマンでもなければ、貸しのある人から圧力をかけられるわけでもない(ように見えるだけ?)という人の存在は、とても重要だということ。民主党とのパイプが一番大きいのだろうけれど。
企業だと、いくら独立系と言っても、いわゆるステークホルダーに圧力をかけられたら終わっちゃうわけで、それでも生き残る個人というのはスゴイよ。

おすすめポイント:
記者クラブは昔から全然変わってないらしいので、発行されてから1年も経ってない本書は、まだまだ「リアルタイム感」が残っています。この本が古く感じられるぐらい、記者クラブ問題が良くなっていればいいですね。


2011年1月 5日 (水)

プラズマクラスターはシャープですが、こんな製品もあるんですよ!

永遠も半ばを過ぎた私が八橋壮太朗です。

年末年始の大掃除にかこつけて、買ったのが空気清浄機。
我が家はホコリが多いんです。活躍していただきましょう!

今回、悩んだポイントは以下の通り。
・値段
・置き場所(サイズ)
・加湿機能
・パナソニック「ナノイー」かシャープ「プラズマクラスター」か
・メンテナンス(フィルター取替え期間と金額)

だいたいこんなところでしょう。

まず最優先事項を決めよう。
俺は花粉症がヒドイんだけれども、けっこう呼吸器系も弱い。病院に行くと、たまに見かけるのがプラズマクラスター発生装置。そうか、これは必要だろう。
というわけで、プラズマクラスター発生機能がついているもので探すことにしました。
いろいろ調べると、インフルエンザウィルスを無力化できているのが実証されているのはプラズマクラスターだけじゃないかという話(ダイキンもちゃんとしてそうだけど)。
で、値段も気になるのでアマゾン先生に尋ねる前に、近場のドン.キホーテへ。
ドン.キホーテは、アマゾン並に値段を安くがんばることが多いので、けっこう相場を見るにはもってこいです。

いやあ、行った甲斐がありました。
アイリスオーヤマから、プラズマクラスター発生装置つき空気清浄機が販売されているのです。
「アイリスオーヤマ×SHARP」というダブルネーム商品。製造元はSHARP。
まじかよ!!
調べてみると、いくつか機種もあるんだけれど、どれも安いんじゃないのか?これ。
がぜん、「アイリスオーヤマ×SHARP」な空気清浄機が気になります。

いろいろ調べた結果、最近のSHARPが出しているプラズマクラスター発生装置がついているモデルは、大量のプラズマクラスターを発生させられる代わりに、発生装置の寿命があって、数年で取り替える必要があるらしい(モデルによって)。
まて。わざわざ最新機種を買って、部材に寿命があるんかい。普通のエアコンフィルターみたいなヤツを取り換えるのはわかる。プラズマクラスター発生装置まで取り換えるのは面倒だ。金もかかるし。

よって、1世代前のプラズマクラスター機能がある空気清浄機を検索。
バランスのいいモデルが、ない。
やっぱり、「アイリスオーヤマ×SHARP」な空気清浄機しか、バランスが取れているものがない。

結論、「アイリスオーヤマ×SHARP」な空気清浄機を買おう!

あとは、サイズと加湿機能だ。

ここは、悩んだものの、決断は簡単だった。
加湿機能がある→大きい、値段も高い、プラズマクラスター発生させておいて加湿した空気を出すのは効果がなくなったりしないのか?という疑問

じゃあ、わざわざ高い金出してまで、加湿機能を追加する必要はない。
そもそも加湿器をすでに持っているのも、決断を後押ししてくれた。

それで買ったのが↓これだ!

これ、本当に安い。サイズも、ピザ箱ぐらいの大きさ(厚みはピザ2箱分ぐらいかな)。
そして、高い機種よりもデザインがいいんだよな!
デザインは、かなり高いポイントでした。
だって、空気がしっかり循環する位置に置くんだから、絶対デザインは大事。
総合的に、とても満足しています。

機能は、お年寄りでも分かりやすいシンプルさなのに、強力稼動モード、花粉モード、プラズマクラスター展開しまくりモード、タイマーという、期待通りの動きをしてくれる。もちろん、ボタンひとつで自動運転してくれるのが超楽チン。
あと、空気センサーがついていて、ホコリっぽかったりニオイが立ち込めてきた場合は、ランプですぐにわかります。自動的にモードも変わります。

この値段でこの機能。ほかに必要な機能って、ないよ?w
加湿器を別で買ってもいいと思う。
大満足です。
空気清浄機の中でも最安値レベルの商品です。


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